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勝善寺を知る

歴史と現在

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歴史

勝善寺旧跡地(検儀谷原黒石山)から岩井海岸を眺望[勝善寺旧跡地(検儀谷原黒石山)から岩井海岸を眺望]

勝善寺旧跡地に建つ石碑[勝善寺旧跡地に建つ石碑]

石碑の拓本[石碑の拓本] ※画像をクリックすると「書き下し文」と「訳文」を
別ウィンドウで 確認いただけます


建久元(1190)年 天台宗の僧永範が検儀谷原黒石山に一宇を建立し、黒石山龍燈院勝善寺と号す。 (写真:石碑、拓本を参照ください)
元仁元(1224)年 永範は、親鸞聖人に帰依し浄土真宗に改宗し釋明空と名のる。
天正8年(1580)年 火災に遭い、検儀谷原腰掛(天正屋敷)に移り仮堂を建てる。
慶長年間

幕府の命により二部仏谷(ほとけがやつ)に移り東本願寺の末寺となる。

第16世釋浄榮代

元禄7(1694)年

坊守(ヲカマ)の兄菱川師宣の没年を過去帳に「元禄7年6月4日」と記す。

第18世釋寂榮代

明治2(1869)年 報恩講に出店した露店から出た火により本堂は炎上した。ご本尊阿弥陀如来像、親鸞聖人像、蓮如上人像、七高僧像 聖徳太子像 開基永範像は運び出され焼失を免れた。
明治13(1880)年 本堂を再建する。
明治35(1902)年 向拝増築する。
大正2(1913)年

鐘楼堂・水屋を建立する。

第26世釋明尊(弘昌)代

大正5(1916)年 諸尊堂を能院より移築する。
年代不詳

本堂欄間を設置する。

第27世釋乾昌代

年代不詳

梵鐘を戦争に供出する。

第28世釋義昌代

昭和26(1951)年 大正6年に大風で倒壊した水屋を再建する。
昭和33(1958)年 菱川師宣没年を発見する。
昭和34年2月10日 仏谷山火事 建物の焼失を免れる。
昭和40(1965)年3月 本堂屋根瓦葺き竣工する。
昭和47(1962)年 梵鐘を鋳造、翌年3月に設置する。
昭和58(1983)年 庫裏を新築する。
昭和55(1980)年~ 本堂内陣・境内整備する。
昭和62(1987)年7月

勝善寺橋を竣工する。

第29世釋純昌代

平成6(1984)年 参道の拡幅工事をする。
平成13(2001)年 十日講を復活する。
平成18(2006)年 勝善寺同朋の会を結成する。
平成19(2007)年

第1回世話人総会を開催する。

第30世釋孝昌代

平成21(2009)年 第二墓地を完成する。
平成22(2010)年 合祀墓を完成する。
平成23(2011)年 「花まつり」を再開する。
平成26(2014)年 八日講と十日講を合併する。

(寺伝などによる)

現在

真宗同朋会運動のもと300余のご門徒と「念仏申す生活を」共に歩むこと、そのことが浄土真宗を伝えていくことだと考え活動しています。

 念仏とは、自分の思い通りに生きられないという限界を知る勇気を私たちに与えてくれるだけでなく、その限界を嘆くことすら超えて、その身の事実を引き受けて生きる覚悟をも与えてくれます。

(『真宗教団連合40周年共同宣言』より抜粋)

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