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門徒のひろば

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随想 猫の心・人の心

随想 猫の心・人の心

2014.01.26

不二 麓郞(井上純孝)

 

私の家は、いわゆる「二世帯住居」です。廊下のドア一枚を境に六人の家族が住んでいます。その内訳はといいますと、老人夫婦と、息子夫婦二人と孫二人で、老人の二人に対して若い者四人が同じ棟の下の異なる部屋の住人という訳です。老人の住んでいる方にはメス猫二匹が同居?しています。数の上から言いますと(猫もふくめて)老若同数で、それぞれ「ここがわが家なり」の心を持っていることにはかわりありません。

孫の上の方は女で四才、下は男で一才ですから、おじいさんとは七十位の差があります。女の子の方は、目上のだれに対しても自分のことを「おねーちゃん」と言い、本当の名前で呼びますと不機嫌で、「おねーちゃん」と訂正させられます。孫の身体と心の成長は全く早いもので、軽々しく子どもあつかいなどしますと、逆襲?してきますから、大人は「取扱注意」の慎重さを必要とします。

ある朝のことです。いつものように孫の女の子が境のドアを開けて牛乳を取りにきました。牛乳屋さんは七時前に外に置いてあるカゴの中へ、若い方の分と「としより」の方の両方の牛乳を置いていきます。おじいさんが牛乳を取りに行きますと、孫と一緒になりましたので、孫が持って行く分を取ってあげました。おじいさんは、「おねーちゃん」はその牛乳瓶を持ってすぐもどるだろうと思っていましたら、そうではなかったのです。孫はカゴの中から「としより」の方の分を取り出して、「ハイ、おじいちゃん!」と、ニコっとおじいさんの顔を見上げました。四才の孫の心が、もうこういう風に育っているのか、と心の中で手を合わせたくなるような、そんなさわやかな朝を経験したことです。

 

六人の家族の中では、おじいさんが一番猫を可愛がります。といっても他のみんなが、全く猫がきらいだというのではありません。おじいさんの子育ては、もちろんはるか昔に終わってしまって、今は毎日「二人の子ども」ミミちゃんとチーちゃんの飼育主任?として、楽しい余生!を送っている訳ですが、いつだったか『猫の飼い方』という本を買って読んでみますと、まさに飼育主任を辞さなければならないような飼い方、育て方を長年してきたのだなァと、反省させられたのでした。おじいさんの猫飼育は猫を本当に愛するというのではなく、いわゆる「猫かわいがり」だったのです。

その本には、こんなことが書いてありました。

・猫も人間も幸せになる飼い方を

・子猫に牛乳は下痢のもと

・善いこと悪いことをはっきりさせる

・あなたは飼い方をまちがっていませんか

などです。読んでいて反省の汗がダラリダラリというのがいつわりのないところでした。

飼い主のおじいさんは、なんでも「猫が喜べばよい」というまちがった愛情から、いろいろな点で飼育方法を誤っていたのです。

(1)猫が食事をする場所は決めておくこと

(2)家族のみんなが食べる前に与えること

(3)先にご飯を食べた猫に、かわいいからといって自分の食べているものを与えないこと

おじいさんは、(1)も(2)も(3)もみんな反対のことをしてきたのですから、悪い飼い方、間違ったしつけをしていたといえましょう。猫も人の子も愛情の押し売りでなく、正しい愛情の水を注(そそ)ぎたいものです。

 

※2014年1月26日に前住職 釋純昌(井上純孝)は94歳で還浄しました。これは「私の没後すぐ見て下さい 六十七才 純孝 S61 十一月十三日(木)」と書いてある箱の中にあった文章です。なお「不二 麓郞」はペンネームです。

 

(寺報87号より)

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