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住職のことば

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君たちがどれだけやっても暗中模索です。

君たちがどれだけやっても暗中模索です。

2020.07.23

「君たちがどれだけやっても暗中模索です」。
これは楠信生先生が、十年ほど前の研修会で、受講者に投げかけた言葉です。
「あなたの人生は、独りよがりの努力をその都度しているだけ。仏法に目覚めた人に遇(あ)わないと、一生が空しく過ぎます」、と私には聞こえました。
以下の文章は、東本願寺青少幼年センター子供会情報誌『ひとりから』第28号 から転載しました。


 

  無阿弥陀仏のこころ

真宗大谷派教学研究所長 楠 信生

三人の盗賊
昔、インドに悪知恵のはたらく三人の盗賊がいました。『盗賊』というのは泥棒のことですが、三人で大金持ちのところに盗みに入りました。そして、たくさんの金銀財宝と食べ物を盗んで山の中に逃げました。何日かすると、食べるものがなくなってきました。そこで、三人の中の一人が、「誰かが食べ物を町に買いに行かなければならない」と言って、三人でくじ引きをしました。そしてくじ引きの結果、一人の盗賊が町へこっそりと食べ物を買いに行きました。そのあいだに、残った二人の盗賊が相談しました。「あいつが戻ってきたら、二人であいつを殺そう。そうしたら二人で山分けできる」と。
しばらくして、買い物に行った盗賊がたくさんの食べ物とお酒を買って帰ってきました。岩陰に隠れていた二人の盗賊は、買い物をしてきた盗賊を襲って殺してしまいました。「これで、二人で山分けができる。山分けする前に、買ってきた酒で祝いの酒を飲もう」と言って飲み始めました。すると、飲み始めた途端に具合が悪くなって二人とも死んでしまいました。実は、最初に殺された盗賊は、二人に毒を飲ませて宝物を独り占めしようとしていたのです。結局、三人とも死んでしまいました。
どうですか?おそろしい話ですね。ところがね、仏さまはこの話を聞いて、「おそろしい」とは思われないのです。「悲しいことだ」と言われると思います。それが私たち人間と仏さまの違いです。私たちはこういう話を聞くと、「おそろしい」、「そんな目に遭いたくない」、「そんな人と会いたくない」と思ってしまいます。でも仏さまはこの話を聞くと「悲しい人だ」と感じられるのでしょう。
姉弟のお話
ある時、私がお参りに行った時のことです。八歳くらいのお姉ちゃんと五歳くらいの弟の二人が目の前にいましたので、「二人がいて、ケーキが一個だけあったらどうする?」と聞いてみました。その時に弟さんが真っ先に言ったことにちょっとびっくりしました。何て言ったかというと「僕一人で食べると。おまけに「一人で食べたほうがおいしい」と言うのです。その後に、お姉ちゃんがちょっと恥ずかしそうに、「分けて食べる。分けて食べたほうがおいしい」と話してくれました。
この話も、お姉ちゃんのほうが素晴らしい子で、弟はちょっと勝手な困った子だなというだけのことではありません。仏さまはどのように見ておられるかな?「一人で食べたほうがおいしい」と言った弟には、「もう少し人のことを考えよう。人のことを考えることが本当に自分を大切にすることだよ」。それでは、お姉ちゃんはどうだろうか。「分けて食べたほうがおいしい」という優しい気持ちの子は、ずっとつらい目や苦しい目にあわないで済むのだろうか。いくら優しい良い子でも、悲しい目にあうのではないだろうか。その時には仏さまは「自分を見失わないで、自分を大切にするのだよ」と一緒に悲しんでくださいます。ですから、仏さまは、男の子は良くない子、女の子は良い子、ただそれだけじゃなくて、仏さまはいつも両方を心配して見ていてくださいます。
仏さまの呼びかけ
 先ほど皆さんと御影堂(東本願寺内の親鸞聖人御真影を奉安する堂)へ行ったとき、二歳くらいの子がお父さんと一緒にいるのだけれど「お母さん、お母さん」と言いながら泣いていました。皆さんは「悲しいな、さみしいな」と思ったときに誰の名前を呼びますか?
今日、来てくれているお父さんもお母さんも、そして、おじいちゃんもおばあちゃんも、本当に悲しいときや、また、うれしい時に「南無阿弥陀仏」と言って、親を、そしてその親が親を思うように「南無阿弥仏、南無阿弥陀仏」と言ってこられました。今日はその気持ちを大切にして、みんなをここ(東本願寺)へ連れてきてくれました。
仏さまが私たちに「南無阿弥陀仏と、私の名を呼んでください。そして、本当の人間になってほしい。本当の人間になりたいという心でみんな一緒に南無阿弥陀仏と言いましょう」と、このように呼びかけてくださっています。このことをお伝えしたくて、今日ここに立ちました。
私たちにはどうしても自分さえよければいい、自分が楽しければいい、そういう気持ちがわいてきます。その時に「南無阿弥陀仏」という言葉が、「それでいいのかい?それで本当にあなたは満足できるの?」と問いかけてくれます。その心を七百五十年以上前の親鸞聖人が私たちに伝えてくださいました。そして今、皆さんのお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんが、その心を受け止めてほしいという一念で、こういう場が作られています。
またご縁があれば来年も親鸞聖人のお話を聞きに、そしてお友達に会いに来てください。ありがとうございました。


私の心の中に、三人の盗賊そして弟と姉が居ました。南無阿弥陀仏がそう教えてくれました。

南無阿弥陀仏

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